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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

怠惰な庭師さん

   『怠惰な庭師さん』



 目を覚まし、朝の屋敷見回りの仕事から一日の始まりである。
 いつもは使命感に燃えて見回りをするが、最近はどうにも足取りが重たい。
 そう、近頃のわたしはどうも仕事で満足できることがない。何か物足りない。
 別にお仕えしている幽々子様の待遇に不満があるわけではない。
 お嬢様への奉仕心が廃れてきているなどというものではない。
 剣の修練でうまくいかない所がないわけではないが、そんなことではなかった。
 体調もすこぶるいい。しかし納得いかない。
 今の仕事に嫌気が差したわけでもないのに。
 時折侵入する妖怪を追い払ったり、暇つぶしと称して現れる巫女を追い払おうとして軽くあしらわれたり。
 お使いを頼まれ、道中に妖怪が襲ってきたり、それを返り討ちにしてやったり。
 それでも、しっくりこない毎日を過ごす。
 わたしは白玉楼というお屋敷で庭師を頼まれている、魂魄妖夢。
 ただ、最近は仕事をすることに憂鬱さを感じるのが悩みである。 

 
 お昼時を回ると、幽々子様からお使いを頼まれた。
 覚書に書いてあるものを、人間の里へ行って買ってきて欲しいとのこと。
 二つ返事で身支度を済まして、すぐに白玉楼を出た。
 
 人間の里でお買い物を済ませたわたしは、近くの川岸で黄昏れることにしたのだ。
 つまりさぼりである。
 このままお使いを済ませて仕事に戻っても、どうせ憂鬱な気分で見回りと庭の剪定をしているに違いない。
 そう考えると、屋敷へ帰るのが面倒になってきた。
 太陽が沈みかけ、もう夕方の時間。
 お使いを済まさずに仕事をしないで、草原に寝転がるだけの暇潰し。
 飛び交う虫を目で追ったり、雲も形を眺めたり本当の暇つぶし。
 ここまでさぼるとやっぱりお嬢様に叱られるのだろうか、と想像するも想像するだけで職務怠慢。
 実行に移したくない。
 あまりに暇なので眠気もする。
 うとうとと、意識が浮き沈みしかかったところで近くからわたしを呼ぶ声がした。
 反応しようにも体が重たい。寝かかっていた所なので意識が薄い。
 きっとわたしの反応を見ている相手は、鬱陶しそうに反応するのだなと、不快に感じたかもしれない。

 振り向けばそこにいるのは、紅白の衣装で身を包んだ少女。霊夢だった。
「珍しいわねえ。何してるの妖夢、こんなところで」
 今は正直、反応を返すのも面倒なぐらいだった。
「もう、何とかいいなさいよ」
 普段はわたしを負かしては幽々子様とお茶を飲んでどこかへ消えるというのに。
 どうして今はこんなに突っかかってくるのか。
 空気を読んで一人にして欲しいぐらいである。
「悩み事でもしてるわけ?」
「……うるさい。ほっといて。今は一人にして欲しいの」
「余計気になるじゃない。でもまあ、そこまで言うならほっとくけど」
 いつもは振り払ってもしがみ付くようなしつこさがあるのに、今日の霊夢はやけにあっさりのようだ。
 霊夢も今日は疲れているのだろうか。
「ねえ霊夢。ときどき仕事がいやになったりすることない?」
「……また唐突な話ねえ。一体どうしたのよ?」
「いや……別に。ただ何となく訊いてみただけ……」
 何を口走ったのか、わたしは。
 この苦悩をこんなやつに話したところで、何かいい答えが返ってくるはずがない。
 でも少し考える。
 もしかしたら、わたしは自分の悩みを誰かに聞いて欲しいのかもしれない。たとえ霊夢相手でも。
「そうねえ、当然嫌よ。だって面倒なんだもん」
 仕事に従事する者なら、一度や二度は叫びたくなるような文句を平然と吐いた。
 わたしにはそんなことを口にすることさえ恐れ多くて許されないというのに。
「その楽観的な発想が羨ましいわ……」
「でもさ、あんたきっと勘違いしてる」
「……え?」
「やりたいから、仕事はするんでしょう。そりゃあ私は普段は遊び呆けてるように見えるし、事実そうかもしれない。
 でも困った人なんかは放っておけないし、悪さするやつがいたらこらしめにいくわよ」
「……」
「あんただって、あの幽霊の下で働きたくて働いてるんでしょう?」
「うん……」
「ならそれでいいじゃない。嫌々する必要なんてあるの?
 そもそも仕事だとかなんとか、そんな固く見る必要ないと思うんだけど」
「……」
 あの自堕落に見える巫女が、こんなことを考えているなんて思ってもいなかった。
 頭の中で霊夢の言葉を反芻する。
 そう、わたしは幽々子様にお仕えいという一心から働いているのである。
 やらなければいけない、とかじゃない。奉仕心からだ。
 結局のところ、わたしはうだうだと理由をこじつけて怠けているだけのこと。
 今の自分に欠けているものを、この巫女は持っているのかもれない。
 わたしはそう確信して、彼女に申し込んだ。
「──ねえ霊夢。お願い、わたしと闘って」
「また唐突ねえ。別にいいわよ、それで満足できるなら」
 霊夢は軽く体を揉み解す。わたしも起き上がり、柄に手を置いた。
 刀を抜いて、構える。妖夢も手持ちのお払い棒を掲げる。
 声をかけるまでもなく、勝負は始まった。

 別に霊夢と闘って、普段の鬱憤を晴らすために勝ちたいわけではない。
 ただ自分とは違う霊夢と戦えば、自堕落な自分の目を覚ませると思った。
 闘いを通じて、今の自分から抜けていったものが戻ってくる気がする。
 勝負を通じて、今の自分の気持ちに出来た大きな穴を埋めるものが見つかる。
 そう思って、剣を振るった。

 結果はわたしの負けである。しかし今までのような、悔しさはなかった。
 むしろ清々しかった。不思議と、笑みがこぼれるぐらいに。
 確かなものを掴んだ。その満足感で気持ちが一杯だ。
「ちょっと、負けて笑うなんて気味が悪いんだけど……」
「霊夢、付き合ってくれてありがとう」
「おまけに礼まで言われると寒気がするわ」
「……自分でも不思議よ。あんたに感謝することが」
「それじゃあ行くわよ。もうすっかり時間も遅いし」
「借りができたわね」
「私は何もしてないつもりだけどね」
 謙遜し、巫女は飛んでいった。
 もうすっかり日は沈んで、時間は夜。わたしは急いで白玉楼に戻った。
 自分の過ちを幽々子様に告白せねば。


 白玉楼に着くなり、仕いの者が幽々子様の元へ来るよう言ってきた。
 急いで部屋へ向かうと、そこには泣きべそをかく幽々子様の姿が。
 怒りを込めて眉を吊り上げたりなさらず、出来の悪い部下を蔑む冷たい無機質な真顔をしているわけでもない。
 心底、わたしの心配なさっていた表情だ。
 何時間も無駄に時間を潰し、あの巫女と争って服を汚したのがお怒りを買うわけではなかった。
 強大な何者かと争っていたと、逆に誤解を生んだようである。
「あのですね、幽々子様……遅くなったのはいい逃れようのない訳が御座いまして……」
「言わなくてもいいわ、妖夢。小一時間で帰れるようなものを、こんなに時間がかかったのは……さぞかし力のある妖怪に振り回されたんでしょうね」
 きちんと説明しようにも、お察しされている状態。
 信頼されているから故に、優しい言葉で仕事のミスを無視してくだっている様にも感じ取れる。
 でも今は違う。
 その信頼を裏切る行為があった。
 ごまかしきれない、自分の過ちがあった。それを伝えなければいけない。
「違います!」
 幽々子様のお言葉を遮るように、叫んだ。
 涙が湧き出る。嗚咽が出てきた。
 でもそれらをかみ締める。
 幽々子様はわたしの言葉を待ってくださった。
「わたしはお使いから帰る途中、怠けて昼寝をしていました!」
 お腹に力を入れて叫び、でこを擦るように土下座。
 今更ながら、軽率な行動に恥じるべきだったと悔やむ。
 自分の愚行に、師匠も悲しんでいらっしゃるに違いない。
 溢れる涙で畳をべとべとに染めながらも、謝罪した。
「あらあら、そうなの」
 頭の中が真っ白になった瞬間。
 信頼していた部下に裏切られた幽々子様は、きっとお怒りになるであろう。
 すすり泣き、呼吸もまともにできなくなってきた。
「幽々子様のお使いを怠けたこの大罪!どんな形でも償いますから! うぐ、ど、どうか、どうかお許しを……」
 どんな罰でさえも、この身に受ける覚悟で。
 これからも幽々子様をお守りさせていただければ、それでいいと思った。
 今ここで腹を切れと言われても、遂行する覚悟で。
「──そうね。明日は妖夢の休暇を兼ねてどこかに出かけましょう。それで許してあげる」
 まず、自分の耳を疑った。
 頭の中でもう一度今の言葉の意味をかみ締める。
 恐る恐る顔を上げると、幽々子様は笑っていた。
「ゆ、幽々子ざまあ……」
「この所、妙に働きづめで忙しかったでしょう。庭の仕事ぶりから、何か思いつめたような感じはしたのよ」
「ゆ、幽々子様~。ああ、ありがとうございますー!」
 寛大なその心に対する感謝が、尽きない。
 さっきとは違う感情の涙が止まらなかった。
 あまりの嬉しさに、笑みが零れる。
 幽々子様も、一緒に笑ってくれた。
「もう今日は休みなさい。明日に備えて」
「はい!」
 一礼して部屋を出て行く。
 幽々子様が就寝前にいつもする、屋敷見回りの仕事に精を出す。
 不思議と足取りが軽い。気持ちも軽い。
 もしかすると、幽々子様はわたしの苦悩を見抜いて気遣いなさっていたのかもしれない。
 だから今日仕事を怠けていなくても、休暇を頂けたのかもしれないと想像してしまう。

 幽々子様が休んでいる姿を想うと、念入りに何周も見回りしようかと思う。
 それだけ今は幽々子様をお守りしたい気持ちで一杯だ。
 そう、わたしは幽々子様にお仕いしたいという気持ちでこの仕事を選んだ。
 誰かに無理強いされたわけじゃない。
 だからきっと、怠ける等という次元の話ではないのだろう。
 それでも怠けてしまった自分が恥ずかしい。情けない。
 二度とそんな失態を犯さないよう、師匠に誓った。
 腑抜けて、失ったものを取り返した今の自分ならこれからも信念を貫ける。そう確信した。

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